サポーターという文化【肯定します】

今回もスポーツナビに連動してます。
今回のコラムはshihuku205さんの日本サッカーが日本に根付くためにはからです。

応援論について意見が食い違ってまして、
あちらではは一コラム一答ぐらいしか出来ない雰囲気だったのでホームで書きます。
(ちょっと卑怯w)


プロスポーツが隆盛するといっても、パターンは大きく4つ程に限られてくると思います。
1つは、国技である場合。
1つは、企業型である場合。
1つは、突発的なPR手段が世論に受け入れられた場合。
そしてもう1つが、地域型である場合。
其々に、スポーツの中身とは「かけ離れた部分」が存在します。

国技(武道)は国技だからとしか言いようがありません。(地域型の国版でもありますが…。)
突発的な~、はオリンピックなどでスターが生まれ一役を風靡した場合のコトです。

この二つは除いて、企業型と地域型の違いに通て述べようと思います。

まず同じように隆盛していても、地域型と企業型は全く違う文化だと理解する必要があります。

企業型ですが、まず観に来るのはその企業に関わっている人々です。
その企業以外の人々をファン層に取り込むためには、
参加企業数を少数に絞り込み、1試合1試合での視聴率の向上を図る必要があります。

何故か?

放映を手伝ってくれるスポンサーの納得する視聴率がないと、
地上波でPRすることが出来なくなるからです。
企業型にとって地上波(民放)を使ってPR出来ないとなると、
隆盛を得る道は閉ざされます。
視聴率を得るための営利を優先する形態を作らざるを得ないことになります。

プロ野球の場合はどうでしょう。
視聴率を確保する為に大きく2つの方法を取っています。
まず、チーム数。ずっと12球団以上に増やしませんね。
野球に興味のある人が12球団の何れかのファンになれば、
野球に興味のある人の1/6が観ことになるので十分な視聴率を狙えます。
しかしチーム数を増やせば増やすだけ、各試合の視聴率は下がるコトになります。

そして基本的にライバルがあり得ない企業を優先しています。
前にも書いてますが、国を作る基礎となった鉄道やマスメディアが中心になっており、
ライバルの多い企業は敬遠されています。

バレーはどうでしょう。
正直、バレーは最も企業色が強くマズイと思っています。
スペシャルサポーターをPRしたい。
じゃぁ女性(世界の1/2)のプレー率の高いバレーの「代表戦だけ付け足して」放送しよう。
ようするに代表戦自体はオマケです。

バレーはプレー中は静かに見るべきスポーツです。
ゴルフのパットやテニスのサーブと同じです。
インパクト時に「チャチャチャ」とか堪ったものではないです。
しかしそれでは盛り上がりに欠けるということで、「チャチャチャ」を多用させます。
するのが当たり前だと思わせてしまっています。
そして「チャチャチャ」を使わない代表外の試合はほぼ放送しません。
代表戦だけをPRすることは出来ましたが、プロバレー自体が隆盛するとはいえません。


さてプロ化に当って地域型にすることにしたサッカーはどうでしょうか。
地域型=無限の数の地域、が存在します。
割ったら普通に視聴率0~3%ってトコです。普通に視聴率が取れません。
予想通り、地上波での露出は極端に減っていきました。
しかしクラブ名には必ず地域の冠がつきます。
それが今までにないプロスポーツ文化を作りあげました。
全国に31クラブもあるプロスポーツなど企業型では有り得ません。

企業型ですと、
チームの勝利=企業が凄い、チームを応援している誉ということになりますが、
地域型だと、
クラブの勝利=地域が凄い、クラブと共に戦っている自分達の誉というコトになります。
ようするに「浦和レッズ」が勝利するとして、
それは「レッズ」の選手やクラブの勝利だけではなく、「浦和」の町の勝利でもあるんです。

面白いことにサッカーには「自分達の誉」となる文化が存在します。
それが観客ではなく、共に地域の誉れの為に戦う仲間「サポーター」です。

彼らは、互いに白熱したスーパープレーが出まくる良い試合を見たいという、
「ファン」とは一線を駕しています。
彼らの存在意義は地域の勝利の為に選手やクラブと「共に戦う」ことにあります。

彼らが共に戦う為に使うのは「声」「言葉」「動き」と言うものです。
その中には味方を激励する「戦歌」や「祝詞」のようなものもあれば、
味方を叱咤し敵を弱体させる「挑発」や「ブーイング」と言うものもあります。
PKで敵が蹴る時は旗をチラチラさせ、味方の時は静まり見守ります。
時には「無言での応援」や「みんなでずっと居残る」という荒行も見せます。
応援だけではなく敵にも味方にも苦言(厳しい愛情)を呈するのがサポーターです。

応援スタイルも様々ですが、大事なのは共に戦っている意思を伝えきることです。
「地域で統一できれば」ベースが海外型だろうが、他の国内クラブ型だろうが良いのです。
皆何かを吸収して初めて自分のものとして応用するわけで、無問題でしょう。
統一できてない応援は、敵を鼓舞する恥じるべきものになってしまいますがね。

また、スタジアムには様々な人が何度も足を運びにやってきます。
その中には、雰囲気を味わいたい街の住人や地域の企業のリーダー達も存在するでしょう。
試合を見に来るたびに敵側の旗は違います。
サポーター達の戦いは彼等を通じて、
「企業と企業の橋渡し」になったり「地域を全国に広める素」になります。
これは「ファン」には出来ないことです。

彼らの行動はクラブの勝敗と街の未来に直結します。これは断言できます。
ですので、彼らがクラブの勝利を我が事のように喋っても良いんです。
天候や場所に関わらず「共に戦い続ける」彼らにはそれだけの権利があります。

「ファン」として見に来る方からしたら、今までに無かった文化で、
野次のように「五月蝿いだけ」「騒ぎたいだけ」と迷惑かもしれませんが、
私は「サポーター」の存在を肯定したいです。
私はたまーに福岡と横浜、鹿児島でサポーターに混ざって、
地域名やクラブ名を叫んでますが(基本は蹴導シートですので)、
大声出して、街の名を高らかに叫んで、勝利したときの帰り道は最高ですよ。
もちろんファンの為の場所も確保しないといけないとは思いますが、
街もスタジアムもクラブも彼らも含めて「プロサッカー」なんだ、と、
多くの人が考える日を期待してます。

オーバー。
[PR]

by awi-syuwdow | 2007-10-09 15:12 | サッカーコラム  

<< エジプト代表【全く分からず…】 蹴導FC作ってみました^^ >>